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盛岡地方裁判所一関支部 平成5年(ワ)53号 判決

原告

佐藤三枝子

右訴訟代理人弁護士

千田功平

被告

岩手県交通株式会社

右代表者代表取締役

小佐野政邦

右訴訟代理人弁護士

鈴木欽也

主文

一  被告が、平成五年三月一八日原告に対してした別紙懲戒処分目録記載一の懲戒処分のうち休職三か月間をこえる部分並びに同目録記載二及び三の懲戒処分は無効であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金六五万一六〇〇円及びこれに対する平成五年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告が、平成五年三月一八日原告に対してした別紙懲戒処分目録記載の懲戒処分は無効であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一三〇万三二〇〇円及びこれに対する平成五年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、バス会社の貸切バスガイドが、業務繁忙期に休暇等を取得して民謡大会等に出場ないし出演したことにより休職その他の懲戒処分を受けたため、その無効確認及び休職期間中の給与の支払いを請求した事件である。

二  争いのない事実等

1  当事者

被告はバス運送事業等を目的とする会社であり、被告と原告は昭和四七年一〇月一日雇用契約を締結し、原告は貸切バスの車掌(いわゆる「バスガイド」)の業務に従事し、後記本件懲戒処分当時は被告千厩営業所に勤務しており、一か月当たりの給与は金二一万七二〇〇円であった(争いがない。)。

2  原告の休暇等の取得

(一) 原告は、平成四年一〇月一八日に岩手県東磐井郡千厩町の南小梨御嶽神社で開催された民謡大会に司会及び民謡の歌い手として出演するため、同年九月二二日に被告千厩営業所長に対し右開催日に年次有給休暇(以下「年休」という。)を取得する旨請求していたところ、右営業所長の依頼により、被告所定の休日(以下「公休」という。)であった同月一四日に出勤をし、同月一八日は代休とすることに合意したので、同日は出勤せず、右民謡大会に出演した(争いがない。)。

(二) 原告は、平成四年一〇月二五日に岩手県東磐井郡藤沢町の町民センターで開催されたある民謡サークル主催の「チャリティーショー」に司会及び民謡の歌い手として出演するため、同年九月二二日に前記営業所長に対し右開催日に年休を取得する旨請求していたところ、同営業所長は、同日の四、五日前ころに、原告に対し、同日は勤務するよう要請したが、原告はこれを拒否し、同日休暇をとり、右ショーに出演した。(争いがない。)

(三) 原告は、平成四年一一月一五日に青森県三戸郡三戸町で開催された民謡大会に歌い手として出場するため、同年一〇月二二日に前記営業所長に対し右開催日に年休を取得する旨申請していたところ、同月一三日にたまたま生理となったため、同営業所運行管理者に対し同月一四日から一六日まで生理休暇をとりたい旨電話で連絡し、右休暇を取得して右民謡大会に出場した(争いがない。)。なお、原告は、一五日前夜九時過ぎころ夫の運転する自動車に乗車して自宅を出発し、高速道路を通り、四時間位かけて三戸町に行った(原告本人)。

(四) 原告は、民謡のサークル仲間に依頼され、平成四年一二月六日岩手県一関市で行われたある結婚披露宴に、民謡の歌い手として出演する目的で、同年一一月二八日に、前記営業所長に対し、右披露宴当日には被告所定の特定休日をとる旨請求していたところ、その二日前に同営業所長から同日は勤務するよう要請されたが、これを拒否し、同日は出勤せず、右披露宴に出演した(原告が右一二月六日を特定休日とする旨請求し、出勤しなかった点は〈証拠略〉、その余の事実は争いがない。)。

(以下、これらの休暇、代休等を「本件休暇等」、各休暇等をそれぞれ「一〇・一八休暇」、「一〇・二五休暇」、「一一・一五休暇」及び「一二・六休暇」という。)

3  被告は、平成五年三月一八日原告に対し、別紙懲戒処分目録記載の懲戒処分をした(争いがない。以下、「本件懲戒処分」と総称し、個々の懲戒処分を「本件懲戒処分一」などという。)。

三  被告の主張

1  貸切バスガイドの職務の特殊性

貸切バス運行業務は、土、日曜日及び祝日等(以下「休日等」という。)が繁忙であり、そして、とりわけ五月、八月、一〇月及び一一月の観光シーズンに集中し易く、休日等以外の日ないし観光シーズン以外の時季は比較的仕事が少なく、閑暇である。右休日等ないし繁忙期に貸切バスガイドが休暇を取得すると、貸切バス運行業務に著しい支障を来す場合がある。被告の車掌服務規程六条には「車掌は、バス事業が他の事業のひまな時期、あるいは各種行事等のため一般人の休業する時期において特に忙しく、しかも、公共的な使命と、その職責の重要であることを深く認識し、みだりに欠勤してはならない。」との規定があり、原告はこれを承知して、貸切バスガイドとして、被告と雇用契約を締結した。

2  時季変更権の行使等について

(一) 一〇・一八休暇について

一〇月一四日の休日出勤については、被告は原告に対し、二割五分増の賃金を支払って清算済みであり、あとは一定の期間内に休暇を与えなければならないという労働基準法上の問題が残るのみである。

被告千厩営業所においては、平成四年一〇月一六日から一八日まで湯本、十和田湖コースの貸切バス運行の予定があり、同営業所長は、同営業所所属のバスガイド及川清美が同月一六日は年休を請求しており、同月一七日は同女の公休日であったところ、同女を説得して右両日は乗務してもらうこととしたものの、同月一八日は本社貸切課に連絡してガイドの手配を依頼しても都合がつかなかったので、既に同月一四日の公休の代休をとっていた原告に代休の延期を要請したが拒否され、翌一七日再度原告に要請をしたがやはり拒否された。同営業所においては、やむなく十和田、盛岡間のガイドとして大東車庫所属の唯一人の整備員を十和田湖まで送り届けて乗務させたが、乗客からは不満が出た一方、大東車庫では整備業務が停滞した。

(二) 一〇・二五休暇について

同月二四、二五日に一泊二日の貸切バス運行業務があり、他のバスガイドの手配ができなかったため、被告千厩営業所長は原告に対し同月二五日の年休の延期を要請した。しかし、原告に拒否されたので、予定では花巻温泉に一泊であったところ、原告をバスに乗せて右営業所まで一旦戻り、翌日は日雇いのフリーバスガイド(以下「フリーガイド」という。)を使って業務を遂行した。

(三) 一一・一五休暇について

被告の就業規則によれば、生理休暇を取得できるのは、生理により就業が著しく困難な場合であることを要するが、原告は、休暇中夫の運転する乗用車で三戸町まで長時間かけて赴き、下腹に力の入る民謡を歌っており、就業することが著しく困難であったとはいえない。また、原告は前記のとおり本来民謡大会出場のため年休を申請していたものを生理休暇に振り替えたものである。そして、被告従業員の労働組合においても、生理休暇をとっていわゆるママさんバレーや海水浴に行くなどの実態があったので、自戒するよう指導していた。一方、被告千厩営業所において、当日は貸切バス五台の運行業務があり、原告が休暇をとったため代わりにフリーガイドを依頼した。これらの事情によれば、原告の本件生理休暇の取得は権利の濫用であって許されない。

(四) 一二・六休暇について

同日被告千厩営業所においては、六台の貸切バスの運行を予定していたので、同営業所長が原告に就労の要請をしたところ、拒否された。同営業所においては、フリーガイドを使って業務を遂行した。

(五) 事情

被告の千厩及び一関営業所には貸切バス一二台が配置されている一方、右両営業所には、被告の従業員バスガイド(以下「社員ガイド」という。)八名及びフリーガイドが八名配置されており、車両台数と対比すると充分な配置人員である。

原告は、年間六六日の日曜、祝祭日のうち三〇日前後を、会社の業務の都合を考慮せず自分勝手に有給休暇として取得するので、貸切バスの運行業務の計画、運営業務に支障を生ずるのみならず、他の従業員にも不満を生じている。

(六) 被告の就業規則四六条六号には、懲戒事由に該当した場合は、労使構成による賞罰委員会の規程に基づく手続きによる決定により懲戒休職になしうる旨の規定があり、また、同規則四七条一項六号には、懲戒休職の期間は一か月以上六か月以内とする旨の規定がある。そして、被告の賞罰規程一〇条六号には、諸規定、諸規則を守らなかった場合は懲戒休職に処する旨の規定がある一方、被告の車掌服務規程六条には前記のとおりの規定があり、また、就業規則一四条には、従業員は会社の許可なくして、報酬の有無にかかわりなく他の会社などの業務に就いてはならない旨の規定があり、原告の行為はこれらに該当する。

(七) (原告の権利濫用の主張に対する反論)被告千厩営業所長は、平成四年一〇月二一日原告に対し、業務に支障をきたすような休暇の取得や、趣味の域を逸脱した行動は慎むよう注意をした。原告の民謡大会への出演等は趣味の域を逸脱しており、また、被告の業務に著しい支障をきたしているので、懲戒解雇処分とすべきところを軽減して本件懲戒処分としたものであって重すぎることはない。原告は、本件休暇中のもの以外にも民謡大会等に多数出演し、また、レコード会社に所属して、レコードを出し、本件懲戒処分は権利濫用とはいえない。

四  原告の主張

1  本件懲戒処分は、次のとおり、理由がなく無効である。

(一) 一〇・一八日休暇は、被告千厩営業所長の同意のもとに取得した代休であるから、これをさらに変更するには、原告の同意を要するところ、原告は右変更に同意しなかった。したがって、右代休の取得をもって懲戒処分の根拠とすることはできない。

(二) 一〇・二五休暇は、原告の時季指定により取得された正当な年休である。

(三) 一一・一五休暇は、生理休暇であるから、一般に特別の証明を要せず、女子労働者の請求があれば与えられるべきものとされている(昭和二三年五月五日基発六八二号通達)。被告の女子従業員の間においては、生理休暇は必ず請求すべきであるとの認識が共通のものとなっていた。他方、民謡大会への出場は、貸切バスの乗務員の業務に比して精神的肉体的負担が全く異なるから、原告は生理により就業が著しく困難ではなかったというべきではない。バスガイドの業務は立ち仕事であること、振動を受けること及び長時間トイレに行けないことなどの点において厳しい業務である。原告が所属する被告従業員の労働組合では、組合大会や機関紙により、生理休暇を労働者の権利として取得するよう指導している。原告は、真意は年休を取得したかったが、たまたま生理となったので、生理休暇に振り替えたのである。また、原告は、もし生理休暇をとっていなければ、数日間にわたる宿泊を伴う旅行にも従事しなければならなくなり、精神的肉体的条件から就業は著しく困難であったのに対し、民謡大会への出場は、夫の運転する自動車で行き、いつでも休憩ができる状態で、かつ、自分の趣味であって一曲三分程度の出場であったから、苦痛は少なかった。

(四) 一二・六休暇は、労働基準法三五条を具体化した被告就業規則三三条二項による休日であるから、これを変更するには労働者である原告の同意を要するところ、原告は右変更に同意しなかった。したがって、右同日原告が勤務を休んだことをもって懲戒処分の根拠とすることはできない。

2  また、本件懲戒処分は次の理由によっても無効である。

(一) 原告の本件休暇等の取得及び民謡大会等への出場ないし出演行為は、被告の内部規則である賞罰規程一〇条に規定する休職処分事由のいずれにも該当せず、本件懲戒処分一は内部規則に根拠を有しない処分であるから無効である。また、右規程五条には、懲戒処分をする場合はその理由を挙げなければならないこととされているが、本件懲戒処分一にあたっては、右規程一〇条の何項に該当するかが指摘されなかった。

(二) 本件懲戒処分二は、休職中も含め民謡大会等への参加を禁止するもので、労働者の私生活の自由を奪い、人の幸福追求の権利を侵害するものであるから、違法無効である。

(三) 本件懲戒処分三は、法律上、内部規則上の根拠を有しないもので無効である。

3  そうでないとしても、本件懲戒処分は、次の事情により懲戒権の濫用であって、無効である。

(一) 被告は、原告に対し、休暇中の民謡大会等への出演等について注意をせず、また、処分について警告を発しなかったので、原告は右出演について後ろめたいことをしている意識が全くなかった。

(二) 民謡大会等への出演等は、単に原告の個人の趣味であるばかりでなく、原告の職務の性質上、被告の利益にもなる。

(三) 原告のした行為に比し、本件懲戒処分一は六か月間の給与の不支給を伴うもので重すぎ、均衡を失している。

(四) 原告が、民謡大会等に出演した際、被告は原告を尾行し、写真を撮るなどしてその私生活の自由を侵し、懲戒処分における手続的正義に反した。

(五) 被告は従業員約一五〇〇人を有する大規模なバス会社であるにもかかわらず、千厩営業所には社員ガイドは二名しか配置していなかったので、代行者の配置については、他の営業所との間のやりくりないしフリーガイドの手配等により補うことは通常の運営態勢であった。本件の場合このような態勢によって対処できない程の予測困難な事由ではなかった。

第三当裁判所の判断

一  本件において前提又は背景となる事情

1  被告は、乗合バス運送事業及び貸切バス運送事業を主要な事業とする会社で、資本金は約三億七〇〇〇万円、総従業員数約一二〇〇人、総車両数七〇〇台余、年間総収入約九〇億円の会社であるが、乗客の減少による乗合バス運送事業の不振などによりいわゆる赤字経営に陥り、平成七年には累積赤字が約五〇億円に上り、また、生活路線維持費国庫補助金の交付を受けており、生産性向上等の経営改善に努めている(〈証拠・人証略〉)。

2  本件懲戒処分当時、被告千厩営業所においては、貸切バスが三台、社員ガイドが二名、フリーガイド(主として退職した元社員ガイドで構成され、その都度依頼し、支障のないときに乗務してもらう日雇いのバスガイド)が一名配置され、隣接営業区域である被告一関営業所をも合わせると貸切バスは一二台、社員ガイドは八名、フリーガイドは八名配置されていた(〈人証略〉)。

3  原告は、昭和四七年ころ同僚運転手が教える職場内の民謡教室に参加して民謡を習い覚え、その後外部の民謡愛好者の民謡教室やサークル等にも参加し、練習を積んで上達し、一般公開の発表会、民謡大会、結婚披露宴その他の催物等に民謡歌手、司会などとして出場ないし出演し、また、歌謡曲のレコード盤も出すなどして活発に活動するようになり、こうした活動を生き甲斐の一つとするようになった。右催物等は日曜日など一般の休日に開催されるのを常とし、また、これらへの出演等は謝礼を伴うものもあった。(〈証拠・人証略〉)

なお、原告がレコード会社に所属した事実を認めるに足りる証拠はない。

二  一〇・一八休暇について

前示争いのない事実等2(一)並びに(証拠・人証略)によれば、平成四年一〇月一四日は、被告所定の原告の休日であったところ、同月一四日ないし一六日の二泊三日の貸切バス運行業務のガイド乗務員の手当がつかなかったので、被告千厩営業所長は同月九日から一一日まで生理休暇を取得していた原告に電話をし、同月一四日の公休出勤を依頼し、原告がこれに対して先に年休として請求していた同月一八日を代休とするよう求めたこと、同営業所長は同月一六日ないし一八日にも二泊三日の貸切バス運行業務が入っており、右一八日にもガイド乗務員の手配が容易でないことを認識していたが、ともかく右一四日の乗務員を確保することが先決であると考えて右要求に応じ、原告との間で、右一四日は休日出勤とし、一八日を代休とする旨合意したことが認められる。一方、被告就業規則三四条には、公休に出勤した場合は原則として一週間以内に代休を与え、かつ、賃金計算上は、業務上の必要により休日に出勤をした場合はこれを休日出勤扱いとし、代休の日は賃金日額を控除する旨の規定がある(〈証拠略〉)。ところで、代休とは休日出勤の代償として認められた労働義務の免除であるから、これはあらかじめ定められた休日同様に尊重すべきものであり、一旦合意により定めた代休日を、いかに業務上の必要があるとはいえ使用者側の都合により一方的に変更することは原則として許されないと解される。そして、前示のとおり、原告が右代休の変更に同意しなかったのは明らかであるから、その余の主張について判断するまでもなく、原告が右代休日に出勤しなかったことをもって懲戒処分の根拠とすることはできないと解される。

三  一〇・二五休暇について

1  原告が右休暇を取得した経緯及び当日の行動については前示争いのない事実等2(二)のとおりである。

2  そして、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、原告に対しては、かねてその休暇の取得のしかたや勤務態度に自己中心的な面があり、他職員等との融和及び顧客との関係等につき不満及び苦情等が出ていたので、被告千厩営業所長が注意をしたことがあったが、平成四年一〇月二一日には、右営業所長及び労働組合千厩支部長が、原告に対し、民謡大会や結婚披露宴への出演等の活動が趣味の域を越えないよう、また、貸切バスガイドの業務に支障をきたすような休暇の取得をしないように注意をしたうえ、同月二四、二五日の一泊二日の花巻温泉への貸切バス運行業務につき、他のバスガイドの配備ができなかったので、二五日の年休を変更して乗務するよう求めたが、原告はこれに応ぜず、前示のとおり、「チャリティーショー」に出演したこと、そのため被告は、右二四日に右貸切バスに原告を乗せて一旦花巻から千厩営業所へ回送運行させ、翌二五日フリーガイドを乗務させて運行したことが認められる。

3  他方、被告の貸切バス運行業務は、四月下旬から五月中旬まで、一〇月中及び一一月上旬が特に繁忙期であり、その他時として七月及び八月が忙しくなることがあるのに比し、それ以外は比較的閑暇であり、時季により繁閑の差が著しい点が右業務の特徴である(弁論の全趣旨により成立を認める〈証拠・人証略〉)。さらに、この点に着眼しながら平成三年一月から本件懲戒処分直前月の平成五年二月までの原告の勤務状況についてみると、右繁忙期にバスに乗務する日数は比較的多いが一か月に二〇日を超えたのは平成四年五月のみで、他の月は目立って多いというわけではなく、これに対し、閑暇期には乗務日数が半分以下の月がほとんどで、一〇日未満の月も数か月あり、被告一関営業所勤務の社員ガイドで乗務日数の比較的多い阿部安子と比較対照すると別紙勤務状況一覧表〈略〉のとおりであって、原告は、勤務日数において約五パーセント、乗務日数の出勤日数に対する割合において約一四・四パーセント少なく、生理休暇は五〇日多く、公休等及び年休はやや少ないがほぼ同じで、年休のうち休日等の占める割合は却って少ない(〈証拠略〉により作成した別紙勤務状況一覧表)。繁忙期及び閑暇期を通じて乗務率が少なく、生理休暇が多い点が特徴的である。

4  そこで、被告による年休の時季変更権の行使の有無及びその正当性につき検討するに、右1、2において認定した被告千厩営業所長の就労要請により時季変更権の行使がなされたとみるべきであり、そして、前示のとおり一〇月は被告の貸切バス運行業務の最も繁忙な時季であって、閑暇期には乗務が少ない社員ガイドの労務が最も期待されていること、千厩営業所所属の社員ガイドは二名であったところ同日は他のガイドも貸切バスに乗務しており、一関営業所の社員ガイドも一名が年休を取得していたのを除いて業務に従事していたこと(〈証拠略〉)、前示のとおり貸切バス運行業務は繁閑の差が著しいためか被告一関営業所及び千厩営業所を合わせると社員ガイドとフリーガイドを半々の割合で雇用しているが、通常まず社員ガイドを配備するのが本則であるうえ、本件の場合原告が乗務しなければ両日がいわゆる分断運行となる見込みがあり、現にそうした結果となって不便と不経済をもたらしたことなどに鑑みると、右時季変更権の行使は正当であったというべきである。

原告の主張するとおり、何人といえども趣味を持ち、人間らしく生きる権利を有することは近代ないし現代社会においては当然のこととして承認されているが、他方において、人は労働すべき契約上、社会生活上の義務も負っており、これとの調和も計られなければならないことも当然であって、年休請求者の担当する業務の性質、その繁閑及び人員配備の難易等を考慮して時季変更権の行使を認めることは右幸福追求権に対する不当な制限とはいえない。

四  一一・一五休暇について

1  原告が平成四年一一月一四日から同月一六日まで生理休暇を取得し、同月一五日三戸町で行われた民謡大会に出場したこと及びその経緯については前示争いのない事実等2(三)のとおりである。他方右同日ころ被告千厩営業所において遂行すべき貸切バス運行業務が合計五台存在し、その運行日は、一五日のみ二台、一四、一五日両日一台、一五、一六日両日一台、一五ないし一八日の四日間一台であり、内三台に社員ガイドが、二台にフリーガイドがそれぞれ乗務したことが認められる(〈人証略〉)。

2  被告の就業規則によれば、生理日で就業が著しく困難であったときは、本人の請求により、毎潮二日間の生理休暇を取得することが認められ、右休暇は有給とされ、また、処遇上出勤扱いをされている(〈証拠略〉)。ところで、生理休暇に関する労働基準法の旧規定六七条は「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女子又は生理に有害な業務に従事する女子が生理休暇を請求したときは、その者を就業させてはならない。」と定めたうえ、女子年少者労働基準規則において生理に有害な業種を定めていたが、右規定は、生理日の就業が著しく困難な女子がいることは医学的事実であるが、医学的一般的に生理時のみに有害な業務というものはなく、生理休暇は母性保護措置とは関連性がないこと及び欧米には生理休暇の制度がないことなどの見地から批判され、昭和六〇年に、生理に有害な業務規定は廃止されて、使用者は、生理日の就業が著しく困難な女子が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならないとの規定に改正された(労働基準法六八条)。被告の就業規則の趣旨も、その文言及び右法改正の経緯に鑑みると、生理日であれば当然に休暇を取得する権利を認めるものではなく、生理日の就業が著しく困難な場合にのみ休暇を与える趣旨であるが、ただバスガイドなど乗車時間が長く、立ち仕事が多い職種の女子従業員もいることに鑑み、二日間は有給とし、処遇上出勤扱いをしているものと解される。

3  もっとも、生理日の就業が著しく困難であるか否かは業務によって差異があり、バスガイドの業務は生理日の女子にとっては比較的心身の負担を伴うものであると考えられ、また、その困難性につきその都度厳格に証明することを要するとすれば正当に休暇を取得する権利が抑制されかねない反面、請求すれば必ず取得を認め、取得した以上は何の目的にこれを使用しようと干渉し得ないものとすれば、事実上休暇の不正取得に対する抑制が困難となり、これが横行すれば、使用者に対する労働義務の不履行あるいはこれを取得しない従業員との関係において不公平を生ずることとなり(本件のように二日間は有給休暇とされ、処遇上出勤扱いされている場合は特にそのことが顕著となる。)、ひいては女子労働に対する社会の信頼ないし評価が損なわれるおそれがあるので、生理休暇制度の運用は難しい面が存する。しかしながら、少なくとも、取得者が月経困難症であるとの証拠もなく、生理休暇を取得した経緯、右休暇中の取得者の行動及び休暇を取得しなければ就業したであろう業務の苦痛の程度等から、就業が著しく困難でないと明らかに認められる場合などは、当該生理休暇の取得は不正取得として許されないというべきである。

原告は、被告労働組合においては生理休暇は必ず取得するよう指導しており、実際そのように運用されていた旨主張するけれども、バスガイド従業員の中で原告ほか二名は毎月取得しているが、他の者は必ずしもそうではなく、概ね取得するがそうでない場合もあるという程度の者から、ほとんど取得しない者まで様々な者が存在し、乗務日数が多い場合ほど取得しない傾向が認められる(〈証拠略〉、別紙勤務状況一覧表の生理休暇の欄)うえ、仮に生理日の就業が著しく困難でないのに生理休暇が取得されている実態が存するとすれば法改正及び就業規則の趣旨に反し、前示弊害をもたらすおそれがある。

4  そこで、本件について検討すると、原告は、前示のとおり、民謡大会に出場する目的で年休取得を請求していたが、貸切バス運行業務が数口入っていたため同日は就労要請を受けていたところ、たまたま生理となったので自己の判断で生理休暇を取得する旨連絡をし、そして、夫の運転する自動車に乗車しながらとはいえ、深夜遠隔地へ長時間をかけて旅行し、翌日の民謡大会に出場したというものである一方、原告が月経困難症であったとの証拠もないうえ、同日入っていた業務にはそれほど苦痛でないものも含まれていたのであるから、生理日のため就業が著しく困難であったといえないことは明らかである。

五  一二・六休暇について

1  被告の就業規則においては、営業所勤務の者については、年間七五日の休日を付与するものとし、その割振りは、いわゆる五働一休すなわち五日出勤した後一日休みとすることにより年間六一日を付与し、残日数は四月ないし六月及び七月ないし九月に各三日、一〇月ないし一二月及び一月ないし三月に各四日(ただし五月四日が振替休日になった年度には一〇月ないし一二月に三日とする。)を「特定休日」として付与する旨規定されていた(〈証拠略〉)。しかし、その特定方法については規定されていなかったため、平成四年三月三一日労使により、運転士及び営業所ガイド等については、特定休日中一一日を勤務割表にあらかじめ割り当てて消化し、残日数が三日の年は四月から四か月毎に各一日を、残日数が二日の年(本件はこの年に該当する。)は四月から六か月毎に各一日を、各自任意に消化する旨合意した(〈証拠略〉)。

2  本件一二・六休暇は、特定休日として取得されたものであることは前示争いのない事実等2(四)のとおりであり、同日が前示労使合意にかかる特定休日の残日数に該当することは被告の主張するところで、原告もこれを明らかに争わない。しかし、原告はこれを休日であると主張するのに対し、被告は休暇と同様であって時季変更権が適用されると主張するので、この点につき検討するに、右労使合意の際交わされた書面(〈証拠略〉)には、残日数は「各自任意に消化する。」と表現されており、請求者が自由に選択指定できると解釈するのが自然であること、また、(人証略)の各証言によっても、右解釈と同様に運用されていることが窺われることから、右残日数は取得者が任意に指定できる休日であると認められる。したがって、使用者側が一方的にこれを変更することはできず、また、同日就業しなかったことをもって、処分の根拠とすることはできない。

六  本件懲戒処分の要件及び手続きに関する根拠規定について

証拠(〈証拠略〉)によれば、被告の就業規則四六条六号には、懲戒事由に該当した場合は、労使構成による賞罰委員会の規程に基づく手続きによる決定により懲戒休職になしうる旨の規定があり、また、同規則四七条一項六号には、懲戒休職の期間は一か月以上六か月以内とする旨の規定があること、そして、被告の賞罰規程一〇条六号には、諸規定、諸規則を守らなかった場合は懲戒休職に処する旨の規定があり、一方、被告の就業規則三七条には年休に関する規定、同三八条二項には時季変更権に関する規定及び同三五条一項七号には生理休暇に関する規定がそれぞれ置かれていること、また、車掌服務規程六条には「車掌は、バス事業が他の事業のひまな時期、或いは各種行事等のため一般人の休業する時期において特に忙しく、しかも公共的な使命と、その職責の重要であることを深く認識し、みだりに欠勤してはならない。」等の規定が存することが認められる。

本件一〇・二五休暇は時季変更権の行使により年休取得の要件を、一一・一五休暇は生理休暇の要件をそれぞれ具備していないのに取得されたものであるから、規則違反であって、右諸規定による懲戒休職処分の要件に該当する。

なお、原告は、本件懲戒処分の無効を主張する理由の一として、懲戒決定書に懲戒の根拠規定を示していないことを挙げているが、懲戒処分の理由の告知としては懲戒処分に該当する事実を示せば足りると解されるから、右主張は失当である。

本件懲戒処分二及び三は、根拠規定が見当たらない。

七  懲戒権の濫用の有無について

1  原告に対する注意ないし警告について

原告は、被告が原告に対し休暇等を取得して民謡大会等に出演することについて注意をせず、処分についても警告をしなかったので、原告には後ろめたいことをしているとの意識が全くなかった旨主張し、原告本人尋問においてもこれに沿う陳述をした。しかしながら、前示三2のとおり、一〇・二五休暇の取得前に右注意が十分に与えられているうえ、それ以前においても勤務態度全般について注意が与えられているのであるから、注意が与えられなかったとする点は失当であり(〈証拠略〉の乗務員指導票には原告自身の署名捺印が存する。)、また、処分について警告が与えられた事実は窺われないが、本件懲戒処分のような処分がなされるか否かはともかくとして、右のような注意をされた後に改めない場合は何らかの処分がなされることは予期可能であったというべきである。何ら後ろめたいことをしている意識がなかったとの原告本人の陳述部分は不自然であって(もし、仮にそうであったとすれば、注意を謙虚に受けとめていなかったこととなる。)、採用し得ない。

2  本件懲戒処分の程度について

本件懲戒処分の決定書及び決定通知書には、「事実」として、原告が本件休暇等を取得して民謡大会等に出場ないし出演した事実が記載され、さらに、「決定理由」として、右原告の行為は日常の勤務状況の一部に過ぎず、原告は、被告千厩営業所長が再三注意をしても反省をして従業員としての責務を履行する姿勢が一向に見られない旨記載され(〈証拠略)、本件懲戒処分の根拠事実は本件休暇等だけではないようにも読めるが、「日常の勤務状況」といってもその具体的内容、範囲等が不明確であるから、処分の根拠事実を示したものではなく、情状ないし判断の経過を記載したものであり、本件懲戒処分の根拠事実は右「事実」として記載された本件休暇等であると解すべきである。

そして、前示のとおり本件懲戒処分一の六か月間の休職は懲戒休職では最高限度であり、長期の給与の不支給を伴う重いものである一方、本件休暇等のうち一〇・一八休暇及び一二・六休暇は処分の根拠とすることができないものであること、一〇・二五休暇及び一一・一五休暇については、原告の不就業により不便、不経済を生じ、関係者に迷惑をかけるなど事業の正常な運営は妨げられたが、それ以上の実害は生じなかったこと、原告に対し注意はなされたものの、原告においてはこのような重い処分が課されることは予想外であった(原告本人)ことなどに鑑みると、本件懲戒処分は、その理由に比し、程度において重すぎるといわざるを得ず、右根拠事実及び前示一切の事情によれば、休職三か月間の限度で有効であり、これをこえる部分は懲戒権の濫用であって効力がないと認めるのが相当である。

3  右以外に原告が懲戒権の濫用として主張する事実は、本件懲戒処分の根拠事実とは関連性がないもの、あるいは時季変更権の行使に関する事柄であって、本件懲戒処分を無効とする理由とはならない。

八  本件懲戒処分二、三の効力について

1  本件懲戒処分二は、被告の規則、規程等に根拠が見当たらないことは前示のとおりである。右処分は、再び規則違反の行為等をすれば懲戒解雇にする趣旨と解されるが、懲戒解雇は、規則、規程に要件が定められており(〈証拠略〉)、賞罰委員会はこれを変更する権限をもたず、新たに規則違反行為等が発生すれば、改めて懲戒解雇事由に該当するか審議されなければならないから、本件懲戒処分二は、その文言通りの効力を認めることはできず、無効と解すべきである。なお、単なる警告的ないし訓戒的処分と解する余地もあるが、そうした救済的解釈をする必要性も認められない。

2  本件懲戒処分三も規則等に根拠がないことは前示のとおりであって、他にその法的根拠についての立証がないので、右処分は無効であると解する。

九  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、主文一、二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、なお仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂野征四郎)

懲戒処分目録

一 原告を平成五年三月一八日から同年九月一七日まで懲戒休職に処する。

二 右懲戒処分以後、その懲戒事由に類似する行為をした場合は懲戒解雇とする。

三 原告が、一の懲戒処分後次の期間以内に任意退職をした場合は、退職金額は次のとおりとする。

(一) 一年以内 なし

(二) 二年以内 所定の額の二分の一

(三) 三年以内 同三分の二

(四) 四年以内 同五分の四

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